(2026.8.30)

筆者の世代(記事執筆時点で40歳、ギリギリ昭和生まれ)の英語教育は、中学一年生から始まりました(今は小学生から始まると思いますが)。中学で3年、高校で3年、大学でも学科にもよると思いますがある程度はどの学科でも英語の授業は必修に含まれていたと思います。私は大学で英米文学科だったので、大学でもみっちり4年間英語を学んできました。中高と合わせて学生時代は都合10年間英語を学び続けてきた事になります。
大学を卒業した後、日々海外とやり取りをする様な中小企業(商社)に就職したのですが、私の英語力はとてもじゃないですが使えるレベルではありませんでした。会社で扱う製品の知識が無いのも手伝って、日々のメールでも、海外の取引先との会話でも、英語で困る事だらけで大変でした。当時は「あんなに英語を勉強してきたのに何でこんなに分からない事や聞き取れない事だらけなんだろう」と困り果てるばかりでした。

この記事では、なぜ当時の私は10年間も英語を勉強しているにも関わらず、使える英語を話せなかったのか、その理由について考察していきます。

最大の理由と考えるのが、読み書き及び会話の量の少なさです。ただの少ないではなく、極端に少ないです。学校で一年間でこなす英語教科書のページ数は100ページ位だったと記憶していますが、今思うとこれでは量が少なすぎたのだと思います。多読による英語学習に取り組んでからは200~300ページの本を1ヶ月位で読む感じのペースなので、数十倍の差があります(私の読書スピードは遅いので恥ずかしいですが)。文法や単語等を知らない状態から勉強する学校の授業と単純比較は出来ないと思いますが、少ない事には違いないでしょう。
まとめると、学生時代の100ページ程度の薄い教科書を1年かけて勉強するのは量が少なすぎ、遅すぎだったという事です。学校の英語の授業での読み書き・会話の量はあまりにも少な過ぎです。言語学習においては、ある程度のレベルに到達するまでは大量にインプット(読む、聴く)する事が重要で、インプットで充分に知識が溜まったらアウトプット(書く、話す等)をしていくというプロセスが良く推奨されています。10年間英語を学んでも社会人になってから全然使えなかった私は、そもそもインプットが足りていなかったのです。
学校の授業だけで足りない分は自分で補うしかありませんので、社会人になってからも英字新聞や学習書を読んだり、リスニングのトレーニング、洋書を読んだりしながら手探りで英語学習を続けてきました。社会人になると何かと忙しくなるので勉強しなくなる人が多いと思いますが、大人になってからも勉強を継続しないと英語力を伸ばす事は難しいと思います。私は今でも映画やドラマのネイティブの英語を理解できる程の英語力は無いので、勉強を続けています。多読や多聴、学習書での勉強を長く継続する事で本当に僅かずつではありながら英語力の伸びは感じています。自分も早40代になりますが諦めずに勉強を続けていくつもりです。
昔と違って今は、Oxford等の超一流の学習書が指一本動かすだけで手に入る時代ですので、英語力の問題というのは、あとはもうやる気の問題だけだと思います。とにかく良質なインプットを増やしていき、アウトプットもバランスよく行っていきたいです。

今後も英語の学習を続けてこのブログで発信を続けていく所存です。
駄文を書き連ねてしまいましたが最後までお読み頂きありがとうございました。

おわり